カテゴリ:建物探訪&散歩( 103 )

河井寛次郎記念館  

先月の事になりますが京都の河井寛次郎記念館へ行き、そのあと河井寛次郎氏のお孫さんの鷺珠江さんと鞍田崇さんのトークセミナーに参加しました。

河井寛次郎記念館。昭和12年に寛次郎氏自身の設計で建てられたもので、寛次郎氏が大変好んでいた信州の民家と朝鮮の民家の良さを取り入れたそうです。
中央の吹抜け。板間の床は1階2階とも朝鮮張りです。

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2階は階高の高い本二階で、椅子座の板間と和室があります。
吹き抜け廻りは広く開放されており、障子を開けると縦横に空間がつながります。
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2階和室。窓の位置が和室ならではの低さです。窓辺に腰かけると緑に手が届きそう。
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階下に見える中庭。この中庭も寛次郎氏の仕事場だったそうです。
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居間の囲炉裏横には注連縄と餅花が飾られています。1年中飾られているそうです。

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囲炉裏を囲む居間。建物のみならず寛次郎氏の作品が溢れています。
寛次郎氏は人との交流をとても好まれたそうで、河井家は来客の絶えない家だったそうです。
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床の一部にガラリの入り口があります。こちらは戦時中に防空壕として使われていたそうです。
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階段の上がり始めに下がっている大数珠のようなものは、手摺の役割のものだそうです。実際に持って階段を上ってみると安定感がありました。面白いですね。

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中庭に出て奥へ進むと、陶芸の窯があります。
こちらは素焼き窯。寛次郎氏自身の窯だそうです。
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さらに奥には大きな登り窯があります。こちらは共同窯で20組ほどの陶芸家で使っていたそうです。
手前は還元焼成、上の方は酸化焼成になるそうで、寛次郎氏はいつも前から2番目の室を使われていたそうです。
昭和46年に使えなくなるまで毎月窯を焚いておられたとのこと。数人の窯焚きさんが二昼夜にわたり火の番をされていたそうです。
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内部の壁は、松灰で自然に施釉されています。
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一段下がったところにある焚口には注連縄が掛かっています。
窯はとても神聖なもので、窯が焚かれているときはご家族でも女性は立ち入らなかったとのことでした。
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寛次郎氏の仕事場。けろくろがふたつあります。手前に寛次郎氏が座っていたそうです。
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中庭
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素焼き窯の横に、休憩室のような小間がありました。
庭に面しており居心地の良さそうな小間でした。
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中庭の縁で記念館の猫「えきちゃん」が昼寝をしていました。岩合光昭さんの写真集の表紙モデルも務めた有名な猫ちゃんだそうです。

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2階の階高の高い本二階の外観。「河井寛次郎記念館」の文字は親交の深かった棟方志功氏の書だそうです。
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トークセミナーの最後に、寛次郎氏が話しをされている番組の動画が紹介されました。お声やお話をされる表情からお優しく穏やかな人柄であることが伝わってきました。
民芸というと”用の美”という言葉が思い出されますが
「遠く捨て去てさり忘れてしまった生活の肌理(きめ)、あとから美が追ってくるような手の仕事」という言葉に触れ、当時よりもさらに忘れ去られている現代においても根源的なものであることを感じました。
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”木の住まいの設計”
一級建築士事務所FRONTdesign  岩城由里子
国産材・県産材を使って木の家づくりをしている設計事務所です。
奈良県生駒市北田原町1052-2



by frontdesign | 2017-06-23 07:59 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

奈良町南観光案内所

今日はこれから着工する住宅の確認申請を出しに奈良住宅センターへ行き、帰りに近くの鹿の舟へ寄りました。
この建物は大正時代に蚊帳の製造業をしている商家の分家として建てられ、戦後は医院としても使われていたそうです。その後奈良市のならまち振興館として使われていましたが、昨年リニューアルされ、今は奈良町南観光案内所になっています。

奥には繭のようなRの書架と読書室があり、しばし本を手に取り過ごしたくなりました。
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天井は格天井のまま使われています。
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内部
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読書するテーブルは柔らかい蚊帳の中。
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書架にはゆっくり読みたい本がたくさんありましたが、そうそう長居する時間がないためバーナードリーチの作品集を見せていただきました。
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2階は和建築のまま使われています。二間続きの座敷とホールがあります。
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書院も美しく。
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床柱の筍面も味わいがあり、いい形です。
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ホール側から見た書院の裏側。狆くぐりのある開放的な床の間。床脇も明るくなります。
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ホールには立礼の炉も置いてありました。鉄板でできています。ここではお茶会も開催されるのでしょうね。
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外観。
本二階で階高が高いです。社交の場にもなっていたそうです。
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同施設内の囀(さえずり)。中村好文さんの設計です。
アプローチに田(陸稲)があり、お米が実っていました。庭が広ければ、畑だけでなく陸稲をつくるのもいいなと思いました。収穫量は少ないと思いますが、お米を身近に感じそうです。
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ついでにお買い物。
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ついでにお買い物。その2
頭の中をデトックスするというか、頭も心も柔らかくなるように。
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子どもが小さかった頃に酵素玄米採食を続けていたことがあり、実際、そのことによって助けられたこともありました。
今も体調が思わしくないときはしばらく酵素玄米食にしたりしていますが、白砂糖の甘いものも大好きですし、パスタやパンも、ジャンクフードも食べますし、こだわりなく暮らしています。
しかしながら、体や心を変えるには頭の中を変えないと。つい先日の定期検診では体重が過去最高になっていました。
体に耳を傾けて、ここらで少し頭を整理しよう思います。



by frontdesign | 2016-09-12 16:34 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

奈良 吉城園

今週末に奈良の吉城園(よしきえん)の茶室棟で、奈良をつなぐ家づくりの会の大工職座談会を開催します。
会場の吉城園はとても立派な建物です。
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入口は、東大寺東側の依水園の隣です。

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門を入ると池と主棟が見えてきます。茶室棟は左側の石の階段を上ります。
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途中、眺めの良い東屋があります。
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池泉回遊式庭園を眺めることが出来ます。
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茅葺きの茶室棟が見えてきます。
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玄関。

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変木の柱。
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大きな手水鉢「羅浮山」。
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騎馬武者を描いた杉戸絵と、「羅浮山」の扁額。
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つくばい。
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縁はダイナミックな網代天井。この右手に広間の茶室が有ります。内部の写真が無いのですが、床柱には古材のかなり太い南天が使われています。
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こちらは小間の茶室の躙り口。3畳台目下座床の茶室です。
席入り。
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ちり穴。
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刀掛け。
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吉城園は、江戸時代には興福寺の子院摩尼珠院があったところで、明治期には奈良晒で財を成した実業家の邸宅になりました。大正8年に正法院寛之氏の所有者となり、現在の主棟が完成し、離れ茶室棟や庭園も同時期につくられたそうですのです。戦後、米軍に接収されて高級将校の宿舎として使われ、昭和30年代には企業の迎賓館として使われていたそうです。昭和58年に県が古都用地・都市緑地として取得し現在に至っています。

今週末27日(土)、講師に松井正和さんをお招きして奈良をつなぐ家づくりの会の大工職座談会を開催します。
興味がおありの方はダイレクトメールをお送りください。 yiwaki@kcn.ne.jp


by frontdesign | 2016-02-23 13:59 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

住宅地内の教会

金剛ニュータウンの住宅地。1960年代後半に開発されたニュータウンで、家々の庭木の常緑樹が青々と繁り、落ち着いた町並みを形成しています。バス通りには街路樹が並び街区の公園も広々としており、隣接するUR団地の住棟間隔も広く取られ、陽の降り注ぐ明るい町です。

待ち合わせまでに時間があったので、都市計画を俯瞰する気分で歩いていると、バス通りから少し奥に入った閑静な住宅地内の一角にモダンなカトリック教会がありました。
規模はあまり大きくない建物ですが、大通りには面しない住宅地内にこのような立派な教会が建っていることに興味を持ちました。
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このファサードは、きっとステンドグラスが入っているはず!
と思いながら近づきますと、全面にステンドグラスが入っていました。綺麗です!

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内部はおそらく礼拝堂で、美しい光が射し込むことでしょう。

住宅地内の教会。1970年に建築されたそうです。
礼拝堂で行われるミサを想像しました。多くの人がこの場で祈りを捧げたことでしょう。
祈りの場。宗教建築はいいですね。



by frontdesign | 2016-02-19 13:11 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

新薬師寺 と お堂内の照明

高畑の法務局へ行った帰りにすぐ近くの新薬師寺へ行きました。
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正面の本堂は奈良時代のもので、創建当時は食堂ではなかったかと言われている建物です。

丸の地垂木に角の飛櫓垂木(地円飛角)の二軒。
柱は全て丸柱、斗栱は大斗肘木、間には間斗束でとてもシンプルな構成です。
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注連縄が掛かっています。

内部は撮影出来ないので写真はありませんが、天井が張られていない現しの化粧小屋裏です。大きな梁が掛かり小屋は叉首組みになっています。
天井が高く、簡素で力強い内部です。


こちらは鎌倉時代の鐘楼。
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二手先の組物で六枝掛けです。支輪も見られます。巻斗がたくさん。
腰を取り囲む縁には組物が無く、単純な作りです。
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地蔵堂の蟇股は華奢な透かしの本蟇股。
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実忠和尚御歯塔
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石仏群
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久しぶりに訪れましたが、今回は十二神将像と薬師如来像に感動しました。
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(ホームページの写真より)


最近のお堂内の照明はLEDになっていると思うのですが、光の直進性のせいか空間に闇があり、適度な闇の中で仏像を拝むことが出来ます。

昨年広隆寺に行きましたが、霊宝殿も闇のある空間展示で、国宝第一号の弥勒菩薩を始め数々の素晴らしい仏像に心酔しました。


新薬師寺の在る高畑界隈は土塀が多く残る町並みで、ゆっくり散策するのにとても良いところです。
近くには志賀直哉旧居もございます。

奈良にお越しの際は是非ともお訪ね下さい。
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by frontdesign | 2015-06-29 17:11 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(2)

ニンニン   甲賀忍術屋敷

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仕事で甲賀に行ったついでに忍術屋敷へ行きました。
甲賀忍者筆頭格の望月出雲守の屋敷で、元禄年間に建てられたものです。
入口は冠木門。
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玄関前にはお決まりのソテツ。
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座敷で、忍者のお茶をいただきながらこの屋敷と甲賀忍者の説明ビデオを見ました。
左の縁側の奥から、床の間の後ろ側を通る通路があり右の縁側に出れるようになっています。
一見普通の屋敷のようですが、忍者の住まいだけあってあちらもこちらも抜群の回遊性で、どこも逃げ道は3WAYぐらいあります。
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望月家家紋の九曜星の入った提灯箱。
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建具の違い。
右の部屋は主人の部屋。建具は30ミリの檜の板で作られており、かなり重たくて敵が簡単には入りにくくなっています。入るのにもたついている間に簡単に逃げる通路が何カ所もありました。
上に忍者が居ます。。

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この窓は一見嵌め殺しの開かない窓ですが、ころろと言う鍵の仕組みがあり紙一枚で開けることができます。(敵が来たときに気づかれないように逃げるためのもの。)閉じるとまた嵌め殺しの窓に戻るので、ここから逃げたことが気づかれません。
説明のお姉さんが、新築やリフォームの時にでも是非この仕組みを使ってくださいね、と仰っていました。(使えそうな使えなさそうな。。。)この鍵の仕組みは、かなり古くからあるそうです。
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この建物は外から見るとつし二階ぐらいにみえますが、三層になっています。二階は天井高さ1m〜1.5m程度で、製造する薬や隠密の秘密文書の保管がされていたとか。
天井の低さは、敵が刀を抜きにくくするためでもあったそうです。
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階下に下りる穴の前に刀掛けがあります。敵が来た時は刀を取って素早く飛び降りたそうです。今はハシゴが掛かっていますが、当時は腕の力で懸垂のようにしてささっと上がったそうです。凄い身体能力。。
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二階から下の様子が伺えます。風通りも良さそうな。
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三階は茅葺き屋根の小屋裏部屋。さす構造がよく見えます!忍者の会合の場だったそうです。
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箱棟から結構光が入っていました。1階からの吹抜~箱棟への通気がよいせいか、閉じた茅葺屋根裏特有のムッとした環境ではありませんでした。これならムカデも居てなさそう。

二階への出入りの穴。(2か所ありました)
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一階まですぐに下りれる縄梯子も。
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さて一階。
どんでん返しが二つありました。どんでん返しは180度回転します。次に入る人が同じ方向を押しても開きません。(反対側を押すと開きます。)これも追ってきた敵を欺く方法だそうです。
これは主人の部屋の押入れから廊下に出る小さいどんでん返し。
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そして、隠し廊下の落とし穴!
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大きいどんでん返しのすぐ先に、深さ3mの落とし穴があります。
普段は板がはってあり、敵が入ってきた時にわざとどんでん返しで中に入り、床板をスライドさせて落とし穴にして、どんでん返しを開けて追って来た敵を落として生け捕りにしたそうです。
この穴にどれほどの人が落ちたのだろう、、、と思って見ました。


忍術妖術の話も面白かったです。
望月家は、どこでも霧を出すのが得意技だったそうです。


いろいろな仕組みがあり建物も大変立派で、とても楽しめました。





 住まいの設計 「木の家づくり」 奈良県生駒市 一級建築士事務所 FRONTdesign  



by frontdesign | 2015-05-27 22:36 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

忘筌

先日、大徳寺の孤篷庵を見学させていただきました。

孤篷庵は小堀遠州が造営し晩年を過ごした塔頭で、忘筌席は大変有名な茶室です。

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九畳(手前座一畳を含む)と三畳の相伴席(しょうばんせき)からなる十二畳の広間の茶席で、手前座などは遠州独自の間の取り方です。

西に面する露地は、上部が明かり障子で下は外に開け放たれており、武士である遠州が書院の茶室として躙り口ではなくこのような形とされたそうです。
茶室から広縁越しに庭を見ると、低く切り取られた風景が大変美しく正面の混ぜ垣の光の通し具合も凛とした感じがしました。

忘筌席については本で間取りや写真で見たり、模した空間を訪れたことはありましたが
実際に忘筌席でお茶をいただく機会を頂戴し、貴重な体験をさせて頂きました。


(ご参考までに、この写真は旅先の宿の写真です。広縁外の明かり障子は忘筌と似たつくりですが、趣や庭は全く違います。)
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庭も素晴らしく、方丈の庭が赤土でこれも大変く興味深かったです。


帰りに高桐院へ。竹林の中の静かな佇まいです。
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そろそろ紅葉の季節ですね。


 住まいの設計 「木の家づくり」 奈良県生駒市 一級建築士事務所 FRONTdesign  
by frontdesign | 2014-10-30 13:03 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

村野藤吾特別展

先日、大阪歴史博物館で開催されていた村野藤吾特別展へ行きました。
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テーマや建物ごとの展示で、村野さんのデザインされた家具の展示も多数あり充実したものでした。
学生時代からとても好きだったこともあり懐かしさがこみ上げてきました。

村野さんの建築は関西では多く見ることができ、百貨店やオフィスビル、学校、ホテルなど多数あります。
わたしが子どものころに住んでいた町にも村野さん設計の住宅があり、
池の畔の林の中に見える雁行の建物を、素敵な建物だなと思いながら通学中のバスから見ていました。
近年になってから、その住宅を実際に見学させて頂ける機会もありましたし
村野さんの建築の施工に何度も携われた方から、現場でのやり取りやプライベートのことについてお聞きする機会もありました。

今回の展示では村野語録の展示もあり、そうだったなぁと思い出したこともたくさんあり、家に帰ってから著作集を開きました。

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この本は、いまこうして設計の仕事をしているきっかけになったような本です。
専業主婦をしていた頃、子育てをしながら時々建築雑誌を買っていたのですが、学生時代に好きだった村野さんのこの本に出会い、やはり設計がしたいと強く思うようになりました。

村野さんの文章は大変面白いのですが、話し言葉の対談記などはリアリティーがあり、お人柄がよく表れていています。
ふと開いたページには大正11年から12年になる頃に書かれた建築雑感のようなものがありましたが
今の時代との大きな違いは感じられませんでした。(村野藤吾氏1891年-1984年)
改めて村野さんの凄さを感じるとともに、初心に帰るような気持ちになりました。
by frontdesign | 2014-10-20 23:40 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

通り道 日々の風景

来月に事務所を移転する事になりました。次の事務所の所在地は生駒市の北の端、北田原町です。

今の事務所から車で20分ほどのところですが、北田原の事務所に行くには途中に二つのルートが有ります。
一つの道は丘の上に広がる新興住宅地の中を通る綺麗な道で、もう一つは田畑の広がる国道(旧R168)です。

車の込み具合にもよりますが、だいたいいつもこちらの国道を通っています。
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窓から見える風景はどこの田舎にもある風景で、手前に田んぼ、山裾に民家が連なります。
入母屋の屋根の田舎建ちの立派な民家が多く、農業を生業とした豊かな村だと想像できます。

鉄塔の建つ後ろの山には中世の頃に山城がありました。(北田原城)
ここは、木津と大阪を結ぶ街道と大和と枚方を結ぶ街道の交差点で、当時の交通の要所でした。
少し東へ行くと高山城、少し西へ行くと飯盛山城があります。
結構な至近距離で山城が並んでいたこと、さぞや当時は往来が多かったことでしょう。
武士や商人がぞろぞろと歩いていたのかと思うと不思議な気がします。



 住まいの設計 「木の家づくり」 奈良県生駒市 一級建築士事務所 FRONTdesign  
by frontdesign | 2014-09-16 12:34 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

屋根 てりむくり

先日、京都の神社の改修工事の現場を見学させていただいた帰りに、近くの広隆寺にお参しりました。
宝物殿で弥勒菩薩を見ることが目的でしたが、国宝第一号の弥勒菩薩だけではなく天平、藤原期のたくさんの仏像を拝んできました。

これは上宮王院太子殿(本堂)の屋根。軒反りも大きく、正面から見ると隅を抜群にてらしてあります。
蓑甲の丸みとの組み合わせがとても自然調和的でありながら巧妙で、大きな屋根に軽快さを与えています。
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ちょうどその前に見学させていただいた神社の現場では、まだほんとうに若い大工さんも何人かおられました。
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お聞きしていると、宮大工の仕事がしたい若い人が結構おられるとのことでした。
今のような時代でも、伝統的な宮大工の仕事に一生を捧げる決意を若いうちに持てるということに大変感心します。


お寺や神社のような軒の出が大きくて軒先を反らす屋根は、軒先が下がらないように桔木(はねぎ)が入っています。(写真の丸太。)
桔木は現場に合わせながら組まれていくとの事。すごい技術です。
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完成時には、室内は天井が張られて軒裏は緩い勾配の地垂木や飛檐垂木が化粧で見えるので、この桔木は外からは全く見えません。

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日本の屋根は大きくて面白い。


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 住まいの設計 「木の家づくり」 奈良県生駒市 一級建築士事務所 FRONTdesign  
by frontdesign | 2014-08-31 09:16 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

国産材・県産材でつくる木の住まいの設計 奈良県生駒市


by yuriko iwaki