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国産材・県産材でつくる木の住まいを設計しています。 奈良県生駒市

京都市文化財マネージャー終了課題 銭湯建築

今年3月に京都市文化財マネージャー育成講座を修了しました。
2020年1月から講座を受けていて7月に終了する予定でしたが、コロナで講座や実習が延期になりオンラインも併用しながら2年越しの受講となりました。

全14回のスケジュールですが、一番大変でもあり面白いのが班活動の終了課題です。実際の建物を調査させて頂き、持ち主さんに建物の由来や経緯などをヒアリングし、地域の歴史を調べ、建造物の形式や特徴と文化財的価値の評価、補修箇所の提案、保存活用の提案等を班で行います。
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私の班では京都市南区の旧九条湯さんを調査させて頂くことになりました。こちらは昭和初期の建物で最盛期には利用者が多く大変賑わっていたそうです。その後、家にお風呂がつくられるのが当たり前の時代になり利用者も減ったため2008年に廃業されましたが、再活用プロジェクトを立ち上げられ建物も一部改修されて2018年から「コワーケーションスペース九条湯」として利活用されています。

建物外観の特徴は正面玄関の銅板葺き唐破風と2階の高欄です。銭湯建築の高欄は京都の銭湯の特徴だそうです。唐破風は建築当初からあったものではなく、建築後に付けられた可能性もあることがわかりました。

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唐破風は寺社建築や御殿建築などに見られますが、いつからか銭湯建築のシンボルのようにもなりました。江戸時代の銭湯は切妻造や町家建築など質素な外観でしたが、唐破風だけでなく内部も含めて豪華な宮造りのようになったのは関東大震災がきっかけだったそうです。震災で多くを焼失した墨田区で銭湯建築の依頼を受けた棟梁が宮大工で、今までにないような豪華な銭湯を造れば多くのお客さんが来てくれると考えたそうです。出来上がった銭湯はそれまでにない豪華な造りで日常にはない異空間を味わえる銭湯としてたちまち評判になり、同様の銭湯が次々と造られました。数年後にはこの流行が京都にも伝わったそうで、その頃に建築着工していた銭湯が急遽唐破風を付けることに変更した記録が残っているそうです。
(映画「千と千尋の神隠し」に出てくる銭湯は豪華絢爛な宮造りですが、江戸東京たてもの園に移築されている子宝湯がヒントになっているそうです。)

こちらの唐破風の上の鬼瓦は経の巻という寺院建築で使われる鬼瓦で(上部に3本のお経の巻物がある)、銭湯なのになぜだろうと思いますが、寺院では唐破風の上には経の巻が載っていることが多く、特に京都では唐破風+経の巻は定型の意匠となっていたのではないか思います。

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内部の大きな特徴は、旧脱衣所の折り上げ格天井です。天井が高く(3.8m)吹き抜けており、格式の高い重厚な格天井がとても豪華です。費用をかけた立派な普請で堂宮大工の手によるものと思われます。京都に残る銭湯建築で見られる脱衣所の格天井は平格天井が多く折り上げ格天井の事例は少ないです。(東京では折り上げ格天井の事例が多く見られます。)
天井は一面に張られており、真ん中で男女の脱衣所の仕切りの壁があります。
男湯側。
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女湯側。
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番台も残されています。銭湯建築の特徴を調べていると、番台はお客様を迎える最初の場所なので手の込んだ造りの物が多いそうです。おそらくこの番台も建築当初の物を使い続けられていたことと思います。

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旧浴室の入り口上部には風景を描いたモザイクタイル画があります。このタイル画も建築当初のものだそうです。
男湯は水辺の柳の木の下に立つ舞妓さん、向こう岸には五重塔と蔵のような建物が見えます。
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女湯は大海原に帆船、帆掛け船、ヨットなどが描かれています。
男湯も女湯もどこか特定できる場所の風景ではないかもしれませんが、どちらも水辺の風景が描かれています。
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浴室内部は全体にアーチ天井でとても開放的な空間です。中央は越屋根になっていて採光がとれています。現在は改装されて格子状のパネルがはめられていますが、銭湯として利用していた時はパネルは無く湯気抜きになっていたそうです。
浴室内のタイルは昭和51年の改修時に張り替えられたものだそうです。大変モダンなタイルです。
男湯。
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女湯は一部改装され、カフェ・BARとして活用されています。
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現在、有効に利活用されているのであえて活用提案をする必要性は無いのですが、建物を長い目で見たときに将来活用が難しくなる時期が来ることも想定し、この建物の特徴を活かしてその他にどのような活用が出来るか、その可能性について班で話し合いを行いました。

銭湯建築の特徴でもありまた、活用時のネックになるのは男女の仕切り壁です。銭湯をカフェなどで利活用しているところで仕切り壁を取っている事例が多く見られます。
仕切り壁は銭湯建築の大きな特徴で、九条湯さんの仕切り壁には欄間が入っていたり古い鏡がついていたりと特徴があり、現在もそのまま現存していることが貴重ですので撤去してしまうことで価値が失われると考えられますが、仕切り壁をなくして大空間にすれば活用方法も広がるため壁を無くす空間提案をパースで表してみました。この建物の特徴である豪華な折り上げ格天井が空間全体を覆い、広々とした大空間になります。旧浴室入り口の象徴的なモザイクタイル画は残しています。

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旧脱衣所はラウンジ的な空間で、旧浴室の男女の仕切り壁は残し2店舗のイメージです。中央に番台を移してレジカウンターやインフォメーションコーナーにすることもできそうです。

仕事で古い建物を改修するときは「建築物の声を聴く」ことを大切にしているのですが、こうして格天井が見渡せる空間にすることはやってはいけないことではないと思います。
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この建物の隣に同じ運営者さんのゲストハウスがありますので、旅行者が立ち寄れるブックカフェラウンジでもよいかもしれません。近くに京都市芸大が移転しますので、学生やアーティストを対象とした利用も考えられます。大学移転に伴いこの界隈も賑わいそうです。また、もともと地域の人に親しまれてきた銭湯ですので、大空間にすることで地域の方が集まれてミニコンサートなど出来る空間としても活用することが出来るかもしれません。



終了課題発表後に班のメンバーで旧九条湯さんに報告書をもってお伺いさせて頂きました。
持ち主さん、運営者さんに資料をお渡しして報告内容をご説明させて頂きました。最後の活用案については既存の間仕切りを撤去したこちらの勝手な提案でどのように思われるか心配でしたが、持ち主さんは間仕切りを取ることも一時は考えておられたとのことでパースを見て喜んでいただけました。

無事に終了課題を終えることができ、京都市文化財マネージャーに参加して本当に良かったと思いました。
京都市文化財マネージャーの講座は終了課題が大変そうで今までなかなか参加していなかったのですが、終了課題で班のメンバーで意見を出し合うことがとても勉強になりました。メンバーは建築専門家だけではなく一般の方もおられ、いろいろな視点で意見をお聞きできました。それぞれが得意分野を活かして作業を分担し、締め切り前はメンバーそれぞれが猛ダッシュで進めた感じです。(みなさま本当にお疲れさまでした。)
今まで特に関心が無かった銭湯建築についても勉強ができたのがとても楽しかったです。何冊か銭湯建築の本を購入しましたが、銭湯検定公式テキスト1という本が銭湯の歴史や特徴を俯瞰的に学ぶことができとても面白かったです。(「銭湯検定」というものがあることも初めて知りました。)

また、先輩の文化財マネージャーの方がヘルプとして班に入ってくださったことがとても大きく、多くのことを指南していただき大変助けになりました。
九条湯さんに報告に行ったときも同行してくださったのですが、界隈の古い建物の利活用にも関わられているようで地域の利活用の話題を九条湯さんと話しておられました。
地域に親しまれている様子を拝見していると、京都市文化財マネージャーが地域に根付いて活躍をされていることがよくわかり関心させられました。またこの終了課題の経験がそのスタートのように思いました。

奈良県のヘリテージマネージャーを受講したり、JIAの修復塾も受講していますが基本的には講座と調査の演習を行う感じです。それぞれ多くの知識を得ることが出来るのですが、実際地域の建物を調査し持ち主さんにヒアリングさせて頂き、地域の歴史を調べたり利活用提案を行うことの意義を、最後の最後に先輩マネージャーの活躍の様子から教わりました。
私は12期生ですが、当初古材文化の会が文化財マネージャーの制度を立ち上げられて今まで長くさまざまの活動を続けてこられた成果だと思います。

町中でどんどん建て替えが進む中、文化財的価値のある古い建物を利活用するためにはなんらかのヒントが必要になることもあります。
なにかお困りの際には、地域の文化財マネージャーにご相談されると良いと思います。

また、旧九条湯さんはこの度「京都を彩る建物や庭園」に認定されました。新聞にも旧九条湯の写真が掲載されたようで班のメンバーから連絡を頂きました。大変嬉しく思います。

様々な活動をされていますので、是非足をお運びください。








by frontdesign | 2022-12-31 16:02 | 和室と日本建築  | Trackback | Comments(0)

by yuriko iwaki