カテゴリ:建物探訪&散歩( 106 )

生駒郡安堵町 中家住宅  



安堵町の中家住宅を見学させていただきました。建築士会女性委員会の活動の一環で、奈良の古い建物を何軒か見に回っています。

中家は3500坪もの敷地をもつ環濠屋敷で、内濠と外濠の2重の濠に囲まれています。
濠に掛かる橋は跳ね上げ橋で、万が一の時には中央の板をすべらせて外し、敵の進入を防いだそうです。

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ぐるりと濠に囲まれています。
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表門をくぐると、大和棟の主屋が見えてきます。
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素晴らしく美しい建物で、10年前に初めて見学させてもらった時には圧倒されました。
江戸時代初期(1659年)に創建された当時は茅葺屋根だったそうで、1700年代半ばに大和棟に改修されたそうです。大和棟の建物は、同様に茅葺から大和棟に改修しているところも結構あるようです。

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美しい民家ですので切手にもなりました。(日本の民家シリーズ第2集)

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右手には新座敷へ通じる門があります。新座敷は1773年に建てられ創建以降1度の改修もなく、現在も当時のままの形で残っています。江戸時代には天領地を中家が納めていたため数年に一度検地のために役人が訪れたそうで、役人をもてなすために建てられたのが新座敷だそうです。大変立派な座敷と小間の茶室があります。

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主屋の扉を入ると間口の広い通り庭の土間があり、左手には11の焚口をもつ竈があります。これほど多くの焚口を持つ竈は日本でも最大級だそうです。現在改修中で中塗り仕上げですが、最終的には黒漆喰でつやつやに磨かれた仕上げになります。
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煙返しの松丸太。すごいですね。構造材は全て太く、圧倒的です。
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竈は小、中、大、特大、いろいろなサイズがあります。これほど多くの焚口があるということは、多くの使用人がおられたことでしょう。
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勾玉型に湾曲しており、火の番をし易くなっています。何年か前に、大和民俗公園内の民家で竃体験をしたことがありますが、火の番は煙が目に染みて大変でした。
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中塗り後1年半たつそうですが、まだ完全には乾いていないそうで、漆喰の上塗りはもう少し先になるそうです。
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主屋は整形4間取りで、この室は座敷です。主障子の向こうに濠と竹やぶが見えます。
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障子の外の濠には入船があります。役人が来た時には舟遊びで観月会(水面に映る月を見る)をしたそうです。優雅なおもてなしの場です。右の高床の建物が新座敷です。

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新座敷入り口。入口は主屋から橋を渡る端整なつくりです。階段を3段ほど上がった正面には小間の茶室があります。
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奥の敷は大変立派な普請です。創建時より現在まで来客時のみ使用されていたそうで保存状態がよく、江戸中期そのままの姿ということです。
床の間には季節を感じる梅の2幅対のお軸が飾られていました。飾られるものは季節でいろいろなものを選んでいらっしゃるとのことでした。床脇は畳敷きです。棚下屏風が飾られることもあったことでしょう。
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欄間の彫り物は、雲のかかる月と波に跳ねるうさぎです。とても優雅ですね。
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うさぎのかたちが躍動感にあふれています。
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釘隠しは菊花。元は丸い菊花のみだったそうですが、明治になった時に天皇家と同じということで畏れ多いため、花の下に葉をあしらわれたそうです。菊花の部分は江戸時代のものをそのまま残しているそうで、そのような方法もあることを知りました。
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襖絵も屏風も大変立派です。江戸時代のままよく保存されていらっしゃることと思います。
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こちらは主屋から繋がる離れの水廻りです。
左側に館型の蒸し風呂があります。
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検地に来られた役人を、蒸し風呂でおもてなしされたそうです。江戸時代のお風呂はいろいろな形がありますが、民家でこの館型の蒸し風呂が残っているところは珍しいそうです。火は薪ではなく炭を使ったそうで(煙が出ないように)、鉄瓶の湯をゆっくりと温めて蒸気にして内部に籠らせたそうです。内部の床のスノコの上に布を敷いて入ったそうで、この布が風呂敷の始まりだそうです。蒸し風呂は浴衣を着て入るそうで、外に出て外のスノコの上でお付きの女性の人に汗を拭いたり流したりしてもらったそうです。

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こちらは御不浄、トイレです。
子どもの頃、このようなトイレに入った経験はあります。木の蓋の真ん中に持ち手があり、下に落ちないようにひもでどこかに繋がっていました。
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私の母親が若い頃に、家がお寺をしている友達の家に行くと御不浄の床が板ではなく畳敷きで、とても気を使いながら使わせてもらったという話をきいたことがあります。
古い建物を見学する機会がありますが、畳敷きの御不浄はまだ見たことがありません。



これは殿方用の小便器。木製です。端は雲形のような意匠がされていますね。ゆかは竹のスノコです。
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奥の庭から見たところ。
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庭の奥の内濠。
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中家の敷地の中には持仏堂があり、隣の庫裏にはお坊さんが住んでいたそうです。敷地の中に自分の家のお寺があるとは凄いことですね。中家から仏門に入られる方もおられたそうです。
2年前に庫裏の屋根を改修された時の写真を見せていただきました。ドローンで空撮されたお写真です。葺きたての茅葺が綺麗ですね。箱棟もかっこよい。

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工事中の骨組み状態。中は土葺きですね。瓦ぶきの箱棟の下地はこのような形で作られています。
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葺き上がり。こちらも素晴らしく美しいですね。

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中家住宅は大和棟の主屋、新座敷の他、この持仏堂、庫裏、表門、米蔵、新蔵、乾蔵、米蔵、牛小屋、そして、宅地、濠、竹藪が国指定の重要文化財になっています。

見学には予約が必要ですが、公開されています。
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重要文化財に住まわれるご当主の中様より、この建物を中心とした人生についての話をお聞きし、大変感慨深く思いました。重文ゆえの不自由さもお有りのことと思います。人が住まなくなり手放されたり移築される民家が多い中、現在もお住まいですので建物の状態もよく、中家住宅は「生きている民家」といった感じがします。

民家を移築した民家園などでも建築を楽しむことができますが、住まわれている民家とは何か様子が違います。どなたかが展示されている民家のことを「剥製」に例えておられました。確かに、使われている建物とは違う寂しさや虚しさを感じます。建物に命があるとするならば、人に使われてこそ生きているように思います。











by frontdesign | 2018-02-20 22:19 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

奈良町

奈良で用事があり、目的地から少し離れたところに車を停めて奈良町を歩きました。気の向くままに町家の写真を撮り改めて写真を並べてみると、他のどの町でもなく奈良町らしさを感じることが出来るように思いました。

奈良町というと奈良格子と思いますが、いろいろな格子があります。
こちらの2階はつし二階です。つし2階の建物が比較的多いです。
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2階に漆喰塗回しの袖壁のある建物も多いです。この袖壁は火災時に隣家からの延焼を防ぐためのものです。
漆喰の意匠はいろいろですが、同じものもいくつもありました。お商売の種類などで変えているのか、或いは、作った漆喰職人さんによって模様が違うということもあるかもしれないですね。

こちらの2階壁は黒漆喰。

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昔は、道に面する間口で税金が決められていたので、間口が広い町家は豪商だったことでしょう。
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奈良町は基本的には碁盤の目の地割りですが、時々道がクランクしていたり急に広くなっていたりと、歩いているとなかなか面白いです。

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ここのつし二階は白い漆喰塗。赤膚焼のお店でした。
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こちらは有名な藤岡家住宅。18世紀後半に建てられた町家です。
バッタリ床几(揚げみせ)があります。この仕組みは室町時代からあるそうで、商品を陳列するときには手前に下げて棚にします。藤岡家住宅は蔀戸と跳ね上げ戸を上げるとミセノマが全てオープンになり、開放的なミセになります。

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庭への入口の木戸はお客様用の玄関です。外から見るとシンプルですが、木戸の向こうには瀟洒な庭があり茶室への入口もあります。
柱は根継ぎしてあります。よく見ると、奈良格子も根継ぎがされていました。
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町家断面。昔は手前に少し低い町家がくっついていたのでしょうね。
隣り合う建物は軒を上げたり下げたりしながら、くっつけて建てられていました。
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老朽化した立派な町家がありました。これはだいぶ傷んでいるなと思って正面を見ると、、
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大きく屋根が落ちていました。ここまで傷んでいると、修復するのはなかなか大変だと思います。プロポーションの良い町家なだけに、残念に思います。
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江戸時代から続いているお砂糖やさん。
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こちらも瓦は一文字葺きですね。奈良は饅頭瓦が多いのですが。
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こちらの木戸も中は立派なお庭があるのかもしれません。

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こちらのつし2階の壁は黄土。瓦は1階2階とも一文字で葺かれています。
道路との間にある格子の塀。木はナグリで、出入口は引き戸になっています。奈良町でこの格子塀のある建物を探していました。

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ここは少し新しそうで大正か昭和初期ぐらいと思います。仕舞屋のようです。

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ここも奈良格子。
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格子の塀もありました。こちらも入口は引き戸です。
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つし2階は黒漆喰ですね。大戸とくぐり戸があります。にぎわいの家、この日はお休みでした。
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有名な吉田蚊帳さん。
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漆喰の袖壁いろいろ。
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この界隈は坂のある町です。好きな通りです。
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こちらは近藤豆腐店さんの食事処、奈良町豆腐庵こんどう。築180年の町家を利活用されています。
侘びた風情が良い感じです。

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登録文化財の指定を受けている建物です。この緑のプレートがその証です。
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奈良町の真ん中に庚申堂があり、家々の軒下には赤い「身代わり猿」が吊るされています。
この身代わり猿も、奈良町の風景の特徴になっています。
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by frontdesign | 2018-02-16 23:00 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

アジアの建築とモンゴルの文化遺産 フォーラム

先週末「アジア文化遺産講演会・奈良モンゴル国際交流フォーラム」が奈良で開催され、聴講してきました。
アジア文化遺産講演会は、建築家・国士舘大学教授の国広ジョージ氏のご講演でした。ネパールのバクタプールの街で多く見られるパティ(街の広場などにある縁台のある縁側のような建物)を調査された話や、2015年に起こったネパール地震の被害とその後の復興復旧状況などネパールの話をはじめとし、北京の故宮と胡同の近年の変化の状況、アンコールワット修復工事と日本の関わり、香港、スマトラ島メダン、上海ワイタン、福建省アモイ等、各地での文化遺産の修復・再生事例、市民や関わる人たちの意識、民間資金による再生のことなど、数多くの写真を拝見しながら話をお聞きしました。文化財の修復だけでなく、古く価値のある建物が見直されて各国で盛んに再生行われている状況がよく分かりました。大変充実した内容で勉強になりました。

講演会の後、奈良モンゴル国際交流フォーラムが始まりました。モンゴルからは3名の方がご登壇され、通訳を交えながら進行されました。
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ガンダン寺の僧侶の方による説明。
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モンゴルではロシアと同じキリル文字が使われています。1924年にソビエトの全面的支援のもと中華民国からモンゴル人民共和国として独立し、その後1941年にソビエトの統制のもとキリル文字が使われるようになったそうです。独立直後から1990年までは社会主義体制で、1937年には2万人の僧侶が粛清され1000もの寺院が壊されたとのこと。このガンダン寺は社会主義政権のもと、1990年までは倉庫として使われていたとのことでした。
1990年に社会主義が終焉を迎え、モンゴル国になりました。宗教の自由も認められるようになり、寺院を文化遺産として修復保存復元をする動きが高まり、近年では民族マスタープランを策定し国家事業として文化財保護を行うようになってきたそうです。長年の空白時期があったため技術の伝承が途絶えてしまい、経験や人材不足が大きな課題とのことでした。現在奈良で興福寺中金堂の復元工事をされている瀧川社寺建築さんは、アマルバヤスガラント寺の修復の工事の時に3年の間モンゴルの職人さんと一緒に工事をされ、技術や経験の伝承をされたとのことでした。瀧川社寺建築の國樹彰氏も登壇され、技術や経験の伝承の重要性について話をされました。


政変により辿った建築物の数奇な運命に衝撃を受けましたが、同じ木造文化の国であることに親近感を覚え、再生のための手法や技術交流が行われていることは素晴らしいことだと思いました。



会場では、モンゴル仏教寺院の修復・復元の様子をパネルで展示されていました
モンゴルは中国の北に位置し日本から3000km離れていますが、仏教国ということもあり寺院建築では大変近い工法です。
図面で見ると、日本の建物とはちがい屋根勾配が少し緩いものもありますが、少雨の気候とのことでした。
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隅棟に走獣、軒先の滴水瓦など、かなり中国風様式の寺院です。走獣は、故宮をはじめとして中国の建築でよく見かけます。数が多いほど位が高いようです。敵水瓦は、北京や韓国の古い建築物で多く見られる特徴的な瓦です。日本では、豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に朝鮮の瓦職人を連れ帰り築城の際に使われていたようで、今も城建築で見かけます。
しびや鳥衾のようなものもありますが、厚みが薄く立ち上がった形状てす。
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こちらはモンゴルらしい寺院。修復後の姿。
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懇親会では歌の交流もありました。大陸的な情緒を感じる歌声をお聴きしていると、モンゴルの悠々とした草原の風景が浮かび胸が熱くなりました。
思い出に残る楽しい宴になりました。有難うございました。
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by frontdesign | 2018-01-15 08:00 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

河井寛次郎記念館  

先月の事になりますが京都の河井寛次郎記念館へ行き、そのあと河井寛次郎氏のお孫さんの鷺珠江さんと鞍田崇さんのトークセミナーに参加しました。

河井寛次郎記念館。昭和12年に寛次郎氏自身の設計で建てられたもので、寛次郎氏が大変好んでいた信州の民家と朝鮮の民家の良さを取り入れたそうです。
中央の吹抜け。板間の床は1階2階とも朝鮮張りです。

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2階は階高の高い本二階で、椅子座の板間と和室があります。
吹き抜け廻りは広く開放されており、障子を開けると縦横に空間がつながります。
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2階和室。窓の位置が和室ならではの低さです。窓辺に腰かけると緑に手が届きそう。
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階下に見える中庭。この中庭も寛次郎氏の仕事場だったそうです。
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居間の囲炉裏横には注連縄と餅花が飾られています。1年中飾られているそうです。

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囲炉裏を囲む居間。建物のみならず寛次郎氏の作品が溢れています。
寛次郎氏は人との交流をとても好まれたそうで、河井家は来客の絶えない家だったそうです。
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床の一部にガラリの入り口があります。こちらは戦時中に防空壕として使われていたそうです。
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階段の上がり始めに下がっている大数珠のようなものは、手摺の役割のものだそうです。実際に持って階段を上ってみると安定感がありました。面白いですね。

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中庭に出て奥へ進むと、陶芸の窯があります。
こちらは素焼き窯。寛次郎氏自身の窯だそうです。
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さらに奥には大きな登り窯があります。こちらは共同窯で20組ほどの陶芸家で使っていたそうです。
手前は還元焼成、上の方は酸化焼成になるそうで、寛次郎氏はいつも前から2番目の室を使われていたそうです。
昭和46年に使えなくなるまで毎月窯を焚いておられたとのこと。数人の窯焚きさんが二昼夜にわたり火の番をされていたそうです。
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内部の壁は、松灰で自然に施釉されています。
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一段下がったところにある焚口には注連縄が掛かっています。
窯はとても神聖なもので、窯が焚かれているときはご家族でも女性は立ち入らなかったとのことでした。
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寛次郎氏の仕事場。けろくろがふたつあります。手前に寛次郎氏が座っていたそうです。
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中庭
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素焼き窯の横に、休憩室のような小間がありました。
庭に面しており居心地の良さそうな小間でした。
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中庭の縁で記念館の猫「えきちゃん」が昼寝をしていました。岩合光昭さんの写真集の表紙モデルも務めた有名な猫ちゃんだそうです。

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2階の階高の高い本二階の外観。「河井寛次郎記念館」の文字は親交の深かった棟方志功氏の書だそうです。
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トークセミナーの最後に、寛次郎氏が話しをされている番組の動画が紹介されました。お声やお話をされる表情からお優しく穏やかな人柄であることが伝わってきました。
民芸というと”用の美”という言葉が思い出されますが
「遠く捨て去てさり忘れてしまった生活の肌理(きめ)、あとから美が追ってくるような手の仕事」という言葉に触れ、当時よりもさらに忘れ去られている現代においても根源的なものであることを感じました。
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”木の住まいの設計”
一級建築士事務所FRONTdesign  岩城由里子
国産材・県産材を使って木の家づくりをしている設計事務所です。
奈良県生駒市北田原町1052-2



by frontdesign | 2017-06-23 07:59 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

奈良町南観光案内所

今日はこれから着工する住宅の確認申請を出しに奈良住宅センターへ行き、帰りに近くの鹿の舟へ寄りました。
この建物は大正時代に蚊帳の製造業をしている商家の分家として建てられ、戦後は医院としても使われていたそうです。その後奈良市のならまち振興館として使われていましたが、昨年リニューアルされ、今は奈良町南観光案内所になっています。

奥には繭のようなRの書架と読書室があり、しばし本を手に取り過ごしたくなりました。
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天井は格天井のまま使われています。
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内部
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読書するテーブルは柔らかい蚊帳の中。
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書架にはゆっくり読みたい本がたくさんありましたが、そうそう長居する時間がないためバーナードリーチの作品集を見せていただきました。
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2階は和建築のまま使われています。二間続きの座敷とホールがあります。
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書院も美しく。
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床柱の筍面も味わいがあり、いい形です。
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ホール側から見た書院の裏側。狆くぐりのある開放的な床の間。床脇も明るくなります。
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ホールには立礼の炉も置いてありました。鉄板でできています。ここではお茶会も開催されるのでしょうね。
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外観。
本二階で階高が高いです。社交の場にもなっていたそうです。
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同施設内の囀(さえずり)。中村好文さんの設計です。
アプローチに田(陸稲)があり、お米が実っていました。庭が広ければ、畑だけでなく陸稲をつくるのもいいなと思いました。収穫量は少ないと思いますが、お米を身近に感じそうです。
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ついでにお買い物。
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ついでにお買い物。その2
頭の中をデトックスするというか、頭も心も柔らかくなるように。
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子どもが小さかった頃に酵素玄米採食を続けていたことがあり、実際、そのことによって助けられたこともありました。
今も体調が思わしくないときはしばらく酵素玄米食にしたりしていますが、白砂糖の甘いものも大好きですし、パスタやパンも、ジャンクフードも食べますし、こだわりなく暮らしています。
しかしながら、体や心を変えるには頭の中を変えないと。つい先日の定期検診では体重が過去最高になっていました。
体に耳を傾けて、ここらで少し頭を整理しよう思います。



by frontdesign | 2016-09-12 16:34 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

奈良 吉城園

今週末に奈良の吉城園(よしきえん)の茶室棟で、奈良をつなぐ家づくりの会の大工職座談会を開催します。
会場の吉城園はとても立派な建物です。
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入口は、東大寺東側の依水園の隣です。

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門を入ると池と主棟が見えてきます。茶室棟は左側の石の階段を上ります。
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途中、眺めの良い東屋があります。
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池泉回遊式庭園を眺めることが出来ます。
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茅葺きの茶室棟が見えてきます。
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玄関。

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変木の柱。
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大きな手水鉢「羅浮山」。
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騎馬武者を描いた杉戸絵と、「羅浮山」の扁額。
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つくばい。
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縁はダイナミックな網代天井。この右手に広間の茶室が有ります。内部の写真が無いのですが、床柱には古材のかなり太い南天が使われています。
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こちらは小間の茶室の躙り口。3畳台目下座床の茶室です。
席入り。
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ちり穴。
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刀掛け。
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吉城園は、江戸時代には興福寺の子院摩尼珠院があったところで、明治期には奈良晒で財を成した実業家の邸宅になりました。大正8年に正法院寛之氏の所有者となり、現在の主棟が完成し、離れ茶室棟や庭園も同時期につくられたそうですのです。戦後、米軍に接収されて高級将校の宿舎として使われ、昭和30年代には企業の迎賓館として使われていたそうです。昭和58年に県が古都用地・都市緑地として取得し現在に至っています。

今週末27日(土)、講師に松井正和さんをお招きして奈良をつなぐ家づくりの会の大工職座談会を開催します。
興味がおありの方はダイレクトメールをお送りください。 yiwaki@kcn.ne.jp


by frontdesign | 2016-02-23 13:59 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

住宅地内の教会

金剛ニュータウンの住宅地。1960年代後半に開発されたニュータウンで、家々の庭木の常緑樹が青々と繁り、落ち着いた町並みを形成しています。バス通りには街路樹が並び街区の公園も広々としており、隣接するUR団地の住棟間隔も広く取られ、陽の降り注ぐ明るい町です。

待ち合わせまでに時間があったので、都市計画を俯瞰する気分で歩いていると、バス通りから少し奥に入った閑静な住宅地内の一角にモダンなカトリック教会がありました。
規模はあまり大きくない建物ですが、大通りには面しない住宅地内にこのような立派な教会が建っていることに興味を持ちました。
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このファサードは、きっとステンドグラスが入っているはず!
と思いながら近づきますと、全面にステンドグラスが入っていました。綺麗です!

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内部はおそらく礼拝堂で、美しい光が射し込むことでしょう。

住宅地内の教会。1970年に建築されたそうです。
礼拝堂で行われるミサを想像しました。多くの人がこの場で祈りを捧げたことでしょう。
祈りの場。宗教建築はいいですね。



by frontdesign | 2016-02-19 13:11 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

新薬師寺 と お堂内の照明

高畑の法務局へ行った帰りにすぐ近くの新薬師寺へ行きました。
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正面の本堂は奈良時代のもので、創建当時は食堂ではなかったかと言われている建物です。

丸の地垂木に角の飛櫓垂木(地円飛角)の二軒。
柱は全て丸柱、斗栱は大斗肘木、間には間斗束でとてもシンプルな構成です。
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注連縄が掛かっています。

内部は撮影出来ないので写真はありませんが、天井が張られていない現しの化粧小屋裏です。大きな梁が掛かり小屋は叉首組みになっています。
天井が高く、簡素で力強い内部です。


こちらは鎌倉時代の鐘楼。
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二手先の組物で六枝掛けです。支輪も見られます。巻斗がたくさん。
腰を取り囲む縁には組物が無く、単純な作りです。
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地蔵堂の蟇股は華奢な透かしの本蟇股。
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実忠和尚御歯塔
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石仏群
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久しぶりに訪れましたが、今回は十二神将像と薬師如来像に感動しました。
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(ホームページの写真より)


最近のお堂内の照明はLEDになっていると思うのですが、光の直進性のせいか空間に闇があり、適度な闇の中で仏像を拝むことが出来ます。

昨年広隆寺に行きましたが、霊宝殿も闇のある空間展示で、国宝第一号の弥勒菩薩を始め数々の素晴らしい仏像に心酔しました。


新薬師寺の在る高畑界隈は土塀が多く残る町並みで、ゆっくり散策するのにとても良いところです。
近くには志賀直哉旧居もございます。

奈良にお越しの際は是非ともお訪ね下さい。
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by frontdesign | 2015-06-29 17:11 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(2)

ニンニン   甲賀忍術屋敷

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仕事で甲賀に行ったついでに忍術屋敷へ行きました。
甲賀忍者筆頭格の望月出雲守の屋敷で、元禄年間に建てられたものです。
入口は冠木門。
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玄関前にはお決まりのソテツ。
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座敷で、忍者のお茶をいただきながらこの屋敷と甲賀忍者の説明ビデオを見ました。
左の縁側の奥から、床の間の後ろ側を通る通路があり右の縁側に出れるようになっています。
一見普通の屋敷のようですが、忍者の住まいだけあってあちらもこちらも抜群の回遊性で、どこも逃げ道は3WAYぐらいあります。
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望月家家紋の九曜星の入った提灯箱。
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建具の違い。
右の部屋は主人の部屋。建具は30ミリの檜の板で作られており、かなり重たくて敵が簡単には入りにくくなっています。入るのにもたついている間に簡単に逃げる通路が何カ所もありました。
上に忍者が居ます。。

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この窓は一見嵌め殺しの開かない窓ですが、ころろと言う鍵の仕組みがあり紙一枚で開けることができます。(敵が来たときに気づかれないように逃げるためのもの。)閉じるとまた嵌め殺しの窓に戻るので、ここから逃げたことが気づかれません。
説明のお姉さんが、新築やリフォームの時にでも是非この仕組みを使ってくださいね、と仰っていました。(使えそうな使えなさそうな。。。)この鍵の仕組みは、かなり古くからあるそうです。
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この建物は外から見るとつし二階ぐらいにみえますが、三層になっています。二階は天井高さ1m〜1.5m程度で、製造する薬や隠密の秘密文書の保管がされていたとか。
天井の低さは、敵が刀を抜きにくくするためでもあったそうです。
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階下に下りる穴の前に刀掛けがあります。敵が来た時は刀を取って素早く飛び降りたそうです。今はハシゴが掛かっていますが、当時は腕の力で懸垂のようにしてささっと上がったそうです。凄い身体能力。。
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二階から下の様子が伺えます。風通りも良さそうな。
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三階は茅葺き屋根の小屋裏部屋。さす構造がよく見えます!忍者の会合の場だったそうです。
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箱棟から結構光が入っていました。1階からの吹抜~箱棟への通気がよいせいか、閉じた茅葺屋根裏特有のムッとした環境ではありませんでした。これならムカデも居てなさそう。

二階への出入りの穴。(2か所ありました)
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一階まですぐに下りれる縄梯子も。
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さて一階。
どんでん返しが二つありました。どんでん返しは180度回転します。次に入る人が同じ方向を押しても開きません。(反対側を押すと開きます。)これも追ってきた敵を欺く方法だそうです。
これは主人の部屋の押入れから廊下に出る小さいどんでん返し。
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そして、隠し廊下の落とし穴!
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大きいどんでん返しのすぐ先に、深さ3mの落とし穴があります。
普段は板がはってあり、敵が入ってきた時にわざとどんでん返しで中に入り、床板をスライドさせて落とし穴にして、どんでん返しを開けて追って来た敵を落として生け捕りにしたそうです。
この穴にどれほどの人が落ちたのだろう、、、と思って見ました。


忍術妖術の話も面白かったです。
望月家は、どこでも霧を出すのが得意技だったそうです。


いろいろな仕組みがあり建物も大変立派で、とても楽しめました。





 住まいの設計 「木の家づくり」 奈良県生駒市 一級建築士事務所 FRONTdesign  



by frontdesign | 2015-05-27 22:36 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

忘筌

先日、大徳寺の孤篷庵を見学させていただきました。

孤篷庵は小堀遠州が造営し晩年を過ごした塔頭で、忘筌席は大変有名な茶室です。

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九畳(手前座一畳を含む)と三畳の相伴席(しょうばんせき)からなる十二畳の広間の茶席で、手前座などは遠州独自の間の取り方です。

西に面する露地は、上部が明かり障子で下は外に開け放たれており、武士である遠州が書院の茶室として躙り口ではなくこのような形とされたそうです。
茶室から広縁越しに庭を見ると、低く切り取られた風景が大変美しく正面の混ぜ垣の光の通し具合も凛とした感じがしました。

忘筌席については本で間取りや写真で見たり、模した空間を訪れたことはありましたが
実際に忘筌席でお茶をいただく機会を頂戴し、貴重な体験をさせて頂きました。


(ご参考までに、この写真は旅先の宿の写真です。広縁外の明かり障子は忘筌と似たつくりですが、趣や庭は全く違います。)
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庭も素晴らしく、方丈の庭が赤土でこれも大変く興味深かったです。


帰りに高桐院へ。竹林の中の静かな佇まいです。
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そろそろ紅葉の季節ですね。


 住まいの設計 「木の家づくり」 奈良県生駒市 一級建築士事務所 FRONTdesign  
by frontdesign | 2014-10-30 13:03 | 建物探訪&散歩 | Trackback | Comments(0)

国産材・県産材でつくる木の住まいを設計しています。 奈良県生駒市


by yuriko iwaki
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