カテゴリ:和室と日本建築 ( 17 )

銘木 変木

先月のことになりますが、女性建築士の和室勉強部会ツアーで、桜井の菅生銘木市場を見学させて頂きました。
菅生銘木さんは、主に和室や数寄屋建築に使われる銘木を扱われています。規模が大きく、床柱、天井板、杉皮のようなものから、一枚板のテーブルの天板まで、様々な銘木を見せて頂くことが出来ます。
中でも変木はみなさんの興味のまとになり、しばらく変木のところで担当の方から説明をお聞きしました。変木は自然のままの木の格好が魅力です。凄いのもありますね。
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雑木の中曲がりは茶室で重宝される材で、良い曲がりのものはとても貴重です。同じものは二つとありませんので、木との出会いは一期一会です。
束にしてある細木は、数寄屋の土庇の垂木や天井の竿など、横にして使われるものです。連続して使うので束で売られています。
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「磨きの中曲がりは如何ですか」と立てて下さいました。
このように、真っ直ぐな木が途中で膝のように曲がり、また真っ直ぐになっているのが中曲がりです。中曲がりは片側に壁をつけて、壁止まりの柱として使うと曲がりの良さがよく出ます。この写真の場合は左を壁にすると良さそうです。外部の独立柱で使うのも良い格好になります。もう少し細いものだと横にして落としけとしても使えそうです。
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中曲がりを独立柱で使うと、このような感じになります。(吉城園)
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こちらの柱は中曲がりではありませんが、よく見ると真っすぐではなく自然の丸太です。大工さんが形に合わせて光らせながら木を組まれます。こちらも吉城園。お茶室なので蹲があります。
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丸太の太さを決めるのはなかなか難しく、広間の床柱などは、空間に対して細さが過ぎると一気に貧弱になり間が崩れてしまいます。
昭和を代表する日本建築の巨匠でも、数寄屋建築の工事中に現場を訪れて仮に立てた磨き丸太の床柱の太さに悩まれ、大工さんに年輪一枚分をめくってもらったという逸話も有ります。年輪一枚分、、1年で3ミリとすると両側で6ミリなので見かけは変わるでしょうね。
真行草の様式で、使われる樹種や太さの加減も変わりますが、ギリギリの太さ(細さ)を狙って違和感のない程度が丁度良いところかと思いますが、いかがでしょうか。



絞り丸太の一角に、出節丸太と言うよりは出枝丸太が並べてありました。クリスマスツリーみたいで、見ているだけで楽しくなります。枝は固く、大人でも枝に足をかけて登れるそうです。自然の枝を残した木は、傷をつけずに輸送するのが大変とのことでした。
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銘木屋さんにはいろいろな木があります。




by frontdesign | 2018-01-11 07:50 | 和室と日本建築  | Trackback | Comments(0)

志賀直哉旧居へ

明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。

今日は少し用があり志賀直哉旧居を訪れました。この建物は昭和4年に文豪志賀直哉自身の設計で、京都の数寄屋大工棟梁の手で作られた住宅建築です。直哉はこの家で昭和13年までの9年間を過ごします。友人・知人たちとの心の交流を深め、家族の平和と健康を望み、子供たちの家庭教育を行い家族の絆を育むために作られた住居です。戦後は進駐軍に接収され、その後は厚生年金宿泊所として使用され内部は大きく改装されていたそうです。昭和53年に学校法人奈良学園が厚生省より建物を譲り受けて保存に努められ、平成21年に建築当初の姿に戻す復元工事がなされました。奈良学園が名乗りを上げられるまでは解体の危機が何度もあったそうで、今こうして保存修復された姿を見ることが出来るのは多くの方の努力の賜物と思うと大変感慨深いです。(復元工事の詳細についてはこちらから 復元について

改修後に何度も見学させていただいておりますが、今日は今日で新しい発見もあり目の保養をさせていただきました。

南のお庭から見たところ。
南の庭は芝生のお庭で、春から夏は青々とした芝生が広がります。道路側から見ると数寄屋の2階建てですが、南側の棟は平屋建て。たいへん端正なプロポーションで、懐かしいような建物です。私が子どもだった昭和40年代の頃は、このような瓦屋根・木製建具の平屋建ての住宅は珍しいものではありませんでした。
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ここで直哉が暮らした昭和初期は、日本が未だ静かな時代だったことと思います。その静寂さがまだこの界隈には残っており、庭に出るとタイムスリップしたような気になります。



6畳の茶室。
直哉の書斎の隣の部屋で、直哉自身はごろっと昼寝が出来るような6畳の和室にと希望されていたそうですが、数寄屋大工棟梁が茶室をつくられたとのこと。写真で見るとわかりにくいのですが天井がかなり低く、写真右の高い方の平天井で高さ1875㎜!真ん中の蒲の落ち天井は1650㎜です。座ると低さは感じず落ち着きます。天井が低いせいで6畳の和室が広く感じます。
床柱は出節の磨き丸太(桧と思います)で、かなりのねじ木です。(木が成長と共にねじれている木)
このねじ木を選ばれるのは、かなり数寄者かもしれません。直哉は自然のままの木や曲がった木を好んだそうで、数寄屋の和空間だけでなく洋間にも使われています。
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茶室横の水屋。正面の下地窓が水屋の手元を照らして良い感じです。
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直哉の書斎です。天井は太い梁が現しになっており、唯一この部屋だけが古民家のようなつくりで興味深いです。
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夫人の部屋は、南の庭に面する広縁付きの6畳和室です。
隣にはサンルームと食堂があります。直哉が文人画人を集めてこの家で交友を深めていたそうで、当時は高畑サロンと呼ばれていたそうです。夫人の部屋をサンルーム横に配置したのは、女性である夫人も遠慮をせずにサロンに参加できるようにという配慮があったそうです。また、直哉は無宗教だったそうですが、信心深い夫人のためにこの部屋には仏間もあります。
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夫人の部屋がこの家で一番良い場所にあります。
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直哉の部屋(居間)と子どもの空間のつながり。
この格子の入った地窓は、手前の直哉の部屋と向こう側の子どもの勉強部屋をつなぐ開口部です。風が通って気持ちがよく、お互いの気配を感じる窓です。
子どもの勉強部屋(コルク敷き)の南には1段下がった板間の広縁があり、そこで靴を履き庭へ出ることができるようになっています。
なんとも嬉しい仕掛けではありませんか!
子どもたちが芝生の庭に出る光景が目に浮かびます。私なら勉強もそこそこに、すぐに庭に飛び出してしまいそうです。
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子どもの勉強部屋の隣には子どもたちの個室。どちらも4畳半の板間で、それぞれの部屋の境の壁にも障子が入っています。ここも開放的。
外に面する開口部もきれいです。
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そしてこの家で一番有名なサンルーム「高畑サロン」。
床には特注の磚が敷かれています。吹き抜けた天井には天窓があり、ここも梁が現しで力強さを感じます。

写真真ん中の低い入口が、夫人の部屋の広縁に通じる入口です。
上には下地窓があります。サロンにどのような方が来られているか、夫人がこの窓からちらっと確認されていたのかもしれませんね。
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ここは少し離れて台所奥の土間です。
勝手口に通じます。女中さんが住み込みでおられたのでこの辺は仕事の場です。
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文豪志賀直哉は白樺派で、この家の設計にも人道主義的な思想がいろいろなところに表れています。台所と食堂の間にもお互いが見える窓のような棚がありますが、当時は使用人の働く姿を見えるようにするようなことは無かったそうですが、使用人との関わりも持ったとのこと。床のレベルも上下がなく、どこもほぼ平らになっているのも意識的とのことです。(直哉の書斎は下がっていました。)

この建物は文豪の普請道楽で建てられたものではなく、志賀直哉の思想が隅々まで宿っています。
それにしても、直哉の設計能力と美意識の高さを感じずにはおれません。



この家の2階もとても快適で、好きな空間です。2間だけですが大変眺めがよく北東には若草山が見えます。
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2階廊下は幅1間。船底天井です。
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窓には突き上げ雨戸がついています。
明るさは減りますがとても良い感じで、設計に取り入れられないかと思い見ておりました。
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こちらは中庭。この空間が住まいに余裕を生んでいます。
この光景もなんとも懐かしい感じがします。昭和40年代頃は小住宅でもこのような庭を作っていましたね。
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開口部の庇は竹製。竹を半丸に割り、互い違いにして並べてあります。この竹庇がいろんなところで使われていました。
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こちらは先ほどの茶室の露地からの入口。貴人口の障子の高さは1185㎜と低目です。
躙り口を設けず3枚引きの貴人口を設けたのは、直哉の人を分け隔てしない高潔な人柄のあらわれとのことです。
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最後になりましたが、こちらが玄関。
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アプローチ。門の石はとても大きな石です。
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門。ここも出節丸太が使われています。垂木は扇垂木で棟木はクヌギのような雑木の木肌。少し白っぽい木なので何でしょう。
出節と雑木で風情のあるつくりになっています。
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周りは閑静な住宅街で土塀が続き、古き良き時代を感じることのできる町並みです。
飛火野(奈良公園)のすぐ近くですので、鹿の鳴き声も聞こえてきます。
近くには新薬師寺もあり歩くのに良いところです。奈良にお越しの際は是非ご訪問ください。
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今年最初のブログは、奈良で好きな建物のひとつ「志賀直哉旧居」でした。
最後までお読みいただき有難うございました。今年もよろしくお願いいたします。

志賀直哉旧居平面図。(ホームページより)

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第2回プラチナブロガーコンテスト



by frontdesign | 2018-01-07 07:30 | 和室と日本建築  | Trackback | Comments(0)

襖の紙と引手

襖の打ち合わせの準備をしています。
襖紙は鳥の子三号紙の無地や京唐紙を使うことが多いです。京唐紙のサンプル帳は貴重なもので、いつも貸し出して頂いています。
いろいろな柄がありますので、サンプル帳の頁をめくるのがとても楽しく、出来上がりを想像しながら眺めています。
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唐紙は、地になる紙と版木の柄を決めて注文し、それから版を擦って頂きます。版木はバレンで擦らずに手の平で擦られるそうで、柔らかみのある仕上がりになります。雲母が含まれた顔料の柄は、薄暗い室内でも少しの光で紋様が仄かに浮かび上がり、ドキッとするような景色になります。



襖の引手は、今までお使いだった襖の引手が大変立派なものでしたので、修復して再利用することにしました。錆が少し出ているものもありますが、上手く修復出来ますように。
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by frontdesign | 2017-12-18 22:49 | 和室と日本建築  | Trackback | Comments(0)

和風金物

古い建物には様々な和風金物が使われており、現在改修中の古民家でも多くの和風金物を見ることが出来ます。
襖の引手も何種類かの引手が使われています。

玉子の座に木瓜。この引手が多く使われています。
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立角の座に舟形の底。底には地模様があります。
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座敷の4枚建ての襖には一連の襖絵が描かれており、引手も趣のあるものが使われています。
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底の部分には紅葉に波(流水)文様が入っています。紅葉は流水とセットで文様になることが多く、そのような文様を竜田川と呼ぶそうです。座は透かしで唐草文様のような植物柄です。
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南画のような墨彩画です。霧のかかった遠景と、近景の人物の描写や樹木や岩の力強い描写に魅せられます。
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長押の釘隠しも様々な意匠のものが使われています。
座敷周りに使われているのは宝袋。
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鶴。
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中の間から下は六葉。
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引手の他にもたくさんの金物が使われていますが、縁側の手水鉢の軒下の吊灯篭もそのひとつです。
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今の住宅建築では和風金物を使うことは非常に少ないですが、日本の金工技術を見ることができて目の保養になります。



by frontdesign | 2017-02-16 18:11 | 和室と日本建築  | Trackback | Comments(0)

座布団 と 山口昌伴さんの本

本棚の整理をして山口昌伴さんの本をまた読もうと思って数冊出してきました。
もう25年ほど前の話になりますが、メーカーでキッチンの商品企画の仕事をしていた時に、GKデザイン(道具学研究所)の3日間セミナーに会社から参加させてもらったことが有り、その時に山口昌伴さんのことを知りました。台所考と道具にまつわる文化(世界と日本の各地)の話は大変面白く、メーカーのようなところにいながらも、キッチン(道具のようなもの)をつくるにあたり、その国の文化や習慣を発想の基本に持つべきだという事を思い知った次第です。
建築の仕事を始めてからも、山口さんの本を読んだり雑誌でコラムを拝見したりと、何かとヒントを頂きました。また、大工さんや左官さんなど職人さんの道具と人との関係や、技能を支える道具を作り続けている道具屋さんにも視点を向けたいと思うようになりました。

さて、「和風探索」という本には
座布団 火鉢 炬燵 踏み台 卓袱台 畳 鯉幟 鏡台 針箱 障子 襖 蚊帳 簾 縁台 風呂敷 柳行李 箪笥 あかり 電灯笠 便器 瓦 垣根 箒 注連縄
これらの日本独特の道具やものについてコラムが書かれています。どれもこれも懐かしいと感じるような物ばかりですが、今も日々使われているものもあります。

今の事務所は杉の厚板の床の上に座って仕事をしており、座布団を愛用しています。
座布団については、用途、サイズ、素材、つくり方から、見るべきところまでいろいろあります。事務所で自分の座布団を確認。
あまり注意してみていなかったのですが、隅の”ふさ”はこのようなおさまりでした。真ん中の”とじ”は貫通して十字に入っていて、真ん中で束ねてありました。昔から変わらず懐かしく思いました。子どもの頃はこういう細かいところをよく見ていたように思います。引っ張ったりしながら。
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座布団は長方形で前後方向が長手で左右方向が短手。一枚の布を折って綿をクルッとくるんでいるので、三方は縫われていて一方は縫い目がありません。縫い目のないところが前。上の写真の左のほうが前です。
表裏もありますが、柄が同じ場合は縫い目の返しで見るそうです。洋裁と似ていますね。

この座布団の柄は"正倉院”と言うそうで、座布団ではポピュラーな柄だそうです。(知りませんでした。)
縫いは手縫いではなくミシンでした。綿はどんな綿が入っているか開けて見たくなりました。
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事務所で床に座って仕事をし始めた時は、キリムのクッションを敷いていましたが、やはり大判の座布団の方が楽で用に合い、それ以来座布団を敷いています。
改めて考えてみると、今までの人生の中で一番座布団が身近な存在になっています。本に書かれている"座布団の用の百態"も実感しております。



さて、これは衝撃的な本の題名。
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日本人の住まい方を愛しなさい

2002年に出版された本ですが、いま、ひとつのテーマになっているようなことです。

本の内容とは少し逸れますが、2020年に義務化予定の省エネ基準適合住宅について、いろいろなところで論議がなされています。
義務化については建築のハード面や建築文化的にも問題を含んでいますが(内外真壁の建物に限って地域型住宅として適応除外になるそうですが)、基本的な日本人の住まい方についても深く検討されるべきではないかと感じています。
省エネルギーの気候区分が同じところでも、牧歌的な地域と都市の狭小密集地では、おおよそ住まい方も変わることでしょうし、今回の法制化の基準が家の窓を開けないことを基準にしていること自体が、都市部の理論を日本全国に当てはめているように思えてなりません。
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今回の法制化が実施されると、このような風景も、50年後100年後には大きく変わってしまうかもしれません。なぜなら、施工方法の一律化がさらに促進され、左官などの職人の仕事が今以上に減り、街場での技能の継承が途絶えるからです。

住まい方はひとそれぞれ。
昔ながらの日本の家の建て方の工夫と知恵、そして日本ならでは住まい方を活かすことも、省エネにつながると思います。

そもそも義務化にも疑問がありますが、窓も開けて自然エネルギーを利用することを元にした設計手法を基本とし、地域の区分についても省エネ区分ではなく、冬期の日射量と気温で区分するパッシブ地域区分を採用する方が、まだ現実の気候風土に即していると思います。


山口昌伴さんのお話をまた何かの機会にお聞きしたいと思っておりましたが、2013年にご逝去されたとのことで、とても残念です。
これからもご著書から多くを学ばせていただきたく思います。


by frontdesign | 2016-02-09 00:05 | 和室と日本建築  | Trackback | Comments(0)

椅子座か床座か。 大正時代の生活改善同盟会

居間は椅子座か床座か。
住文化の変遷の中で今や和室の無い家も増えています。以前、女性建築士の会で今の暮らし方について座談会をした時に、部屋の様式(和室か洋室)に関わらず居間では床に座って過ごしているという方が半数以上おられました。冬はコタツを出すし、ソファーは背もたれとして使われているね、と言う話もお聞きしました。
戦後のアメリカンドリームと住宅事情により、日本の生活に一気に洋風文化が拡がったわけですが、玄関で靴を脱ぐことは変わりませんでした。
この洋風化の元はそれよりさらに前、今から95年前の大正11年に生活改善同盟会(文部省)が発表した「住宅改善の方針」にあるように思います。
その主な内容は
住宅を椅子式に改めること
間取りを家族本位に改めること
構造と設備の虚飾排除
です。
翌年に示された詳細の指針によると、玄関に関しては
実用性を重んじること、出入口は従来の引戸格子戸を排して堅牢な開き戸とすること、雑多な履物を整理する為の履物入戸棚設備の設置、脱ぎ履きに便利な段か腰掛けを設けること等が挙げられています。
日本の玄関に定番の靴箱は、この頃から定着しはじめたようですね。
なお、椅子式生活を主眼としながらも室内は室内ばきに履き替えることとし、西洋のように室内での靴履きより清潔で優れているとしています。
主に都市部における人口増加に伴う住宅建築にあわせて示されたもののように思いますし、基本的には家族主体の住居、伝統・格式からの脱却、父権主義的「家」の否定であるように感じますが、それに関連付けられて排除方向とされているような部分も感じます。地方では地域の気候風土、またはその地の生業との関係性が保たれた住宅の在り方がその後も続きました。

100年近く前に国の推進事業として、このような具体的な住文化の指針を出してきたことに若干の違和感を感じますが、玄関で靴を脱ぐことや根強く床座の暮らし方が続いていることなど、変わらない日本人の暮らし方はあるように思います。
いま住宅の設計をする中でも、日本的暮らしに沿う空間寸法(空間の重心位置等)や、手足に触れる素材を大切にしたいと思っています。


昨日東京で開催されましたシンポジウムで、パネラーの一人として参加された建築学科の大学三回生が「日本民家の開放的な間取りに将来的なものを感じる」と話をされていたのは印象的で、多様化と肥大化の行く先の何かを感じました。面白いですね。

写真は、奈良県宇陀市松山地区の重要伝統的建造物群保存地区の建物。
このような建物を見ると、ふと生活改善同盟会の指針を思い出すことがあります。「引戸格子戸を排して堅牢な開き戸に」、「構造の虚飾排除」と大正時代にうたわれた指針には影響されず(幸い、届かず)、その地の職人による伝統的装飾美で形成された美しい街並みが今も各地に残っています。

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椅子座か床座か。
長寿社会と床座の話はまた別の機会に。







by frontdesign | 2015-09-26 23:52 | 和室と日本建築  | Trackback | Comments(0)

鵤工舎 前田世貴さん講演会 と 槍鉋

先週の日曜日、奈良朱雀高校で鵤工舎の前田世貴さんの講演会がありました。
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前田さんは朱雀高校の前身の奈良工業高校のご出身で、卒業と同時に鵤工舎に入られ現在は奈良斑鳩作業所で棟梁を務めておられます。

西岡棟梁と小川棟梁のお話、前田さんが堂宮大工を志されたきっかけや修行時代のお話、初めて棟梁を任された時のことなど、たくさんの話をお聞きすることができました。
嘘のない仕事をしなければならない、良い作品をつくるより先に良い刃物を(良い刃物はうそをつかない)、伝承とは弟子に伝え教えることではなく、古の工人の魂のこもった仕事を読み取り対話すること(建物に信念を込めることで後世に伝わる)、刃物を砥ぐことと道具を扱えることの大切さ、道具は知恵の塊であり伝承であること、初めて弟子に鉋を触らせる時は一番いい鉋を触らせ本物を教える、電動工具などの便利な道具は、刃物をちゃんと扱えるようになってこそちゃんと扱える(便利な道具にばかり頼ると知恵を鈍らせる)、精神を研ぎ澄ませる、見込みのある子は他に行き場のない子、棟梁の力は束ねる能力、親方を乗り越える、そして、新築が出来ないものに改修や復元は出来ない、等々、
短時間でしたが内容の濃いお話で感動しました。
若い時に棟梁をさせて、現場を全て任せるそうです。考えて考えて、考え抜き、魂を込めて力を合わせて作り上げる。20代でお堂や棟の棟梁を任されるのはどんな気持ちでしょう。

最後に道具を使った実演をしてくださいました。

槍鉋(やりがんな)
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削りかすがクルクルと丸まります。
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生徒さんも体験。
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台鉋は二枚刃と一枚刃で桧を削ってくださいました。
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よく切れる刃物で木を削ると、木の細胞の断面が綺麗に切れるので、平滑でツヤがあり美しく、いつまでも表面がこば立つことがなく木が長持ちするそうです。その辺が電動鉋との違いです。


槍鉋は、台鉋よりもずっと古くからある道具ですが、現在の一般の普請ではあまり使われることはありません。
刃先は普通の槍鉋と、斗栱(ときょう) などを作る時に使う逆反りの刃があります。


槍鉋の仕上げについて。
平城京大極殿。(2010年復原)
この建物の木部表面加工は全て槍鉋で仕上げられており丹土が塗られています。
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この柱の表面の波を打つような感じが槍鉋の仕上げです。
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by frontdesign | 2015-08-03 18:01 | 和室と日本建築  | Trackback | Comments(0)

元庵

有楽苑の続きです。

如庵は国宝の三茶室のひとつで、腰張りに暦が使われていたり、床の間横に三角の鱗板が入っている(給仕口が茶道口と兼ねているので鱗板のスペースで給仕がし易くなる)ことや、有楽窓等の特徴が有名な茶室です。

如庵と言う名前。
ジョアンは有楽斎の洗礼名で、茶室に如庵と名付けられたと言われているようです。
有楽苑には、この如庵以前に大坂天満屋敷にあった茶室を古図から復元した元庵もあります。
この元庵、当時は如庵と名付けていたそうです。

元庵。三畳台目の亭主床です。
あ。
床の土壁下地の貫部分の変色(経年変化)が、十字架に見えませんか?
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亭主床。十字架の前で茶を点てるジョアン。


中柱が竹ですね。

隣の長四畳の鞘の間より。土壁の室内に白が入ると、ハッとするほどの清浄感があります。
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(十字架がふたつ。)

元庵の天井の竿は細竹で、ピッチが随分細かく入っています。細い竿を細かく入れると、面積が小さく天井が低くても広く感じます。
鞘の間の天井の竿は角もので、杉でしょう。

大きな火灯口です。角を丸く塗り回し、奉書紙が貼ってあります。
本当に薄い華奢な壁で、大事に扱わないと壊れます。人の皮膚のようだなと思います。
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(あの壁は十字架になっていない。)


元庵でした。
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 住まいの設計 「木の家づくり」 奈良県生駒市 一級建築士事務所 FRONTdesign  



by frontdesign | 2015-05-10 20:48 | 和室と日本建築  | Trackback | Comments(0)

延段 と 関守石

織田有楽斎ゆかりの茶室如庵のある犬山の有楽苑に行きました。
数奇屋建築、茶室、門、庭園など見どころがたくさん有りましたが、真行草、幾つもの延段や沓脱ぎ石など、石が面白く思いました。

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広い石敷。イイですね。
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門の敷居を跨ぐ飛石
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沓脱ぎ石
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この草の延段の先には
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大きな沓脱ぎ石。その上に関守石。
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関守石は「この先に入るのは遠慮されたし」と言う意味を表す暗号のような置き石で、石に棕櫚縄か蕨縄を十文字にかけて持ち運びできるようにしたもので、庭の飛石の途中に置いてあるのをよく見かけます。
飛石に関守石が置かれていると飛石を踏めないと感覚的に思いますが、このような大きな沓脱ぎ石のに関守石がひとつ置かれてあると、その意味が強調されているようで返って面白く思いました。

庭園の要素では樹木の存在が大きいですが、樹木は季節や年代により風景の変化があります。
石は変わらないものとして庭を構成する大事な要素であり、古い庭園の調査では飛石のひとつひとつまで測量してサイズを測ります。

自然の形であり、数奇と人為のはざまのような構成物です。
by frontdesign | 2015-05-07 20:53 | 和室と日本建築  | Trackback | Comments(0)

女性委員会の和室研究会

昨夜は和室研究会に参加しました。
この和室研究会は奈良県建築士会の女性委員会の活動(勉強会)ですが、昨今の新築住宅は和室の無い家も珍しくなく、ライフスタイルの変化と共に益々和室離れは進みつつあります。と同時に、我々設計者もちゃんとした和室を設計する機会が減ってきており、和室の知識を持ち合わせてささっと伝統的和室の図面を引くことが難しいことのようになってきています。和室とそれをとりまく和の住まいの良さについて改めて見直し、伝統的な和室とともに日常的な和室を再考することを主旨として、女性委員会和室研究会がスタートしました。

昨日は11人のメンバーが集まり座談会形式で進めましたが、皆さんの住まい経歴や和室の使い方経験談、現在の暮らし方の話をお聞きしました。長く奈良に住んでいる方ばかりではないのですが、子どもの頃に古い民家で過ごされた経験をお持ちの方が意外と多く、古い住まいの体験談をお聞きできました。

井戸
五右衛門風呂
しば刈り(燃料)
かや
田の字型の和室続き間
雪見障子から日々季節の移ろいが見えるのがすごく良かった
欄間から隣の部屋の様子がつつ抜け
子どもは座敷に入れなかった
畳の掃除は掃除機だと痛むので茶殻でしていた
昔のマンションや公団はDK以外は畳の部屋だった

等々、いろいろな住居経験談をお聞きできてそれはもう面白かったです。

現在の暮らし方をお聞きしていると、数名の方は完全な椅子生活でしたが、7割の方は和室(あるいは床座)が日常空間で、当たり前に畳の上で過ごしているとのことでこれも驚きました。
「畳の上に居るのがふつう、畳は板より居心地いいよ」
という事を多くの方からお聞きすると、日常性の和室を考えるのにも希望が持てると言うか、和室を科学すると居心地の良さにつながると言うか、懐古主義ではなく温故知新の方向のように思いました。
また、高齢化と床座についても話題になりましたが、最近では日頃から床座で座ったり立ったりする動作をしていることが良いと言われてきているようで、必ずしも「老後=椅子・ベッド生活」と結び付けて床座を排除することも無かろうと思いました。

建築的には伝統的な和室は意匠の宝庫であり、家具など何も置かずに完結する美学が有ります。また、床の間に掛ける軸一つで、空間の世界観が一変するぐらいの素の空間でもあります。そのような精神性は素材によるところも大きいように思います。木や土や紙、畳など、大事に扱わないと傷のつく材料の中に身を置いていることを感じます。

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by frontdesign | 2015-02-18 19:34 | 和室と日本建築  | Trackback | Comments(0)

国産材・県産材でつくる木の住まいの設計 奈良県生駒市


by yuriko iwaki